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PXPublic service transformation

PX Public service transformation

監修:青木尚美 (東京大学公共政策大学院准教授)

 日本の憲法では公務員は国民全体の奉仕者という位置付けではあるところですが、世界的な行政学論議では同じ民主主義制度下でも、よりニュアンスのある行政と市民像、及びその関係性が語られてきました。例えば、選挙で選ばれた政府の行政組織でも、実は権威的存在でその意思決定や指示を受け入れる服従者としての市民像。あるいは、民間的手法を取り入れて行政の効率化を目指した新公共管理では、市民はマーケットにおけるカスタマーのように扱われるべきとされ、行政は市民のニーズに応えるサービス提供者になることが期待されました。他方、協働型ガバナンスにおける理想の市民は、提供されたサービスを評価し経済的選択権を行使するカスタマーではなく、政策過程や公共サービスの実施に参画し政治的発言権を行使するステークホルダーであり、行政にとってのパートナーでもあります。このように行政と市民像は、時代のニーズや従来のガバナンスの欠陥に応じるように新たな解釈が生まれ、多様化してきました。

 本書から見えてくるのは、筆者達が思いを込めて語る、今日求められる行政と市民像です。新型コロナの脅威とデジタル革命が交差する今日において、不確実性が高く複雑な公共政策課題を解決し市民本位で行政・公共サービスを提供していくには、行政が新たな政策を社会全体と共に創出し、イノベーションの火付け役であることも必要です。そこで求められる行政官はよりクリエイティブでオープンマインドであり、共感力も内省的思考力も高く、将来を思い浮かべる想像力の持ち主でなければなりません。そして問題を把握するためには努力を惜しまず、アート思考、分析的思考力、対話能力を兼ね揃え、様々なデジタルツールを使いこなし、適切な場の設定にも長けています。不確実な状況でも柔軟な対応能力があり、協調性のあるチームプレーヤーでもあります。本書はこれらの行政官の資質の定義と必要性を論じ、習得するためのツールの入門書であるとも言えます。

 変革が求められるのは行政官だけではありません。本書は主に行政側の実務家向けの教材として書かれていますが、そこに見え隠れするのは新たな市民像です。本書に書かれている政策立案や公共サービスのデザイン過程に参画する市民は、提供されたものを受身で評価・選択する新公共管理で想定されるカスタマー像とは異なります。また、従来の協働型ガバナンスにおけるパートナーとしての市民とも少し違います。参画することには変わりないのですが、実際にデザイン過程でサービスを体験しフィードバックする、責任を伴うユーザーとしての役割が期待されます。本書ではエビデンスベースの政策過程についても触れていますが、エビデンスの創出にあたっては市民が被験者として参画することが求められます。さらに、市民は本書が言及する「コレクティブ・インテリジェンス」を構成する集団の一員であり、オープンガバナンスでは政策アイデアの提案者です。そして行政がデータを公開することでイノベーションの開花を目的とするオープンデータの取組みでは、市民がデータを活用したイノベーターになることも期待されているのです。

 これらの本書で描かれる行政と市民像は、長年にわたり行われてきた伝統的な政策過程に見るそれとは異なります。今日の不確実で複雑な課題に直面する社会において、これまで以上に行政と市民の垣根をなくし、フラットで、オープンで、密な交流と参画によってもたらすことのできる真に市民本位の政策過程に必要な要素を本書では論じています。行政と市民を巻き込んだ変革は実現することは容易ではなく、変革した結果プラスに働くことばかりではないかもしれません。しかし、そういったことも含めて、まずは本書が論ずる行政と市民像に触れ、それらの可能性を検討することが、これからの日本の政策過程のあるべき姿を模索する契機になると思われます。

2022年10月1日記

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